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住まいの勉強会

住宅を巡るこれからの消費生活、郊外と都市

 カルチャースタディーズ主宰 消費社会研究家 三浦 展 氏


PROFILE


1958年、新潟県生まれ。82年、一橋大学社会学部卒業。株式会社パルコ入社。『アクロス』編集長を経て、90年、三菱総研入社。99年独立。信州大学大学院非常勤講師。内閣官房小子化問題有識者会議委員。著書に『「家族と郊外」の社会学』−PHP出版−などがある。

 今回は家族とか郊外というテーマについてというお話でしたので、『家族と郊外の戦後史』(『「家族」と「幸福」の戦後史――郊外の夢と現実』)という本も出しており、ちょうどいいのではないかということで、日ごろ考えていることをお話ししたいと思います。

「家族の55年体制」

昔、自由党と民主党という保守二大政党がありましたがその二党が保守合同をし、1955年に今の自由民主党ができました。今日に至るまで、基本的に自民党の体制になったわけですけれども、これを政治学で55年体制と呼びます。
 政治的に55年体制になったということは、家族にとっても大きな影響を与えたというのが家族社会学の基本であります。基本的に55年体制というのは、経済的にいえばアメリカ型の大衆消費社会を目指すという体制でありました。アメリカに戦争で負けて、その後は親米的な体制になったのが55年体制ということですけれども、やはり今後の目指すべき日本の社会の姿としても、アメリカ型の民主主義、個人主義、そして大衆消費社会というものを目指そうということになったわけです。
 これ以降、いわゆる高度経済成長期というものに入りまして、この高度経済成長期――たった18年ですが、革命的な変化が我々の社会生活にありました。

「核家族化と家族の分業〜専業主婦、会社人間、受験競争」

家族との関係でいいますと、核家族化ということが55年以降起きるわけです。国勢調査を見れば、55年〜75年の20年間に核家族化が一気に進行しました。
 さて、この家族の特徴は「専業主婦、会社人間、受験競争」であり、これがまた実は一緒に住んでいながらばらばらだったということです。お父さんは会社で仕事をする。お母さんは家で家事をする。子供は塾に行ったり勉強をするということで、一緒に暮らしてはいるけれども、寝るときに一緒にいるぐらいで実際の生活時間、空間、全部違う。
「家族」は、55年の時点ですでに崩壊していた、あるいは常に核家族という形自体が、分業という意味では家族の孤立化、個人化、分裂というものを本質的に内包した家族であったということを知らねばなりません。


勉強会の模様です。皆、かなり、真剣です。


「ジェンダー」

これは社会学でいうと、社会的な性差ということです。このジェンダーというものが近代社会において強化され、特に日本においては、この55年体制によってより徹底されたというのが社会学上の定説です。
 昔は確かに男女の役割はありましたが、専業主婦というのはあまり存在しなかった。しかし55年、働かないでいいけれども、とにかく男性の仕事を支える、家事、家庭を支える専門の専業主婦というものが一般化したわけです。専業主婦化が進むということで、男女の社会的な性差、役割の分業が起きてしまう。子供から見ますと、お母さんがお皿を洗ったり掃除をしたりする姿は見るけれども、お父さんが働く姿は見えない。
ですから単に分業しただけではなくて、子供が学校で何をしているのか、塾で何をしているのかがわからないし、お父さんがどうやって苦労をして働いているかも知らないし、お母さんはラクチンで掃除だけしているのかというと、いやいやそんなことはない、いろいろ忙しいんだ、苦労もあるんだということも、お互いに理解し合えないような家族になってしまってという面が、あるということになります。
 しかしこのように非常に分業化した、一見、一体でありながらも実はばらばらになってしまった家族が、何とか55年〜75年ごろぐらい、あるいは80年ごろぐらいまでは、家族の崩壊とか離婚とか、少年非行などということもあまり言われずにうまくいったのはどうしてか。
 そこにあったのは、「消費共同体」というものであったわけです。中身は分離をしているこういう家族がどうやって一つの目標、一体感を味わったかというと、それが消費であったわけです。55年以降には大衆消費社会の中でだれもが私有財産を持てる社会という目標を掲げ、この目標に向かって一丸となる。これが消費共同体としての家族に失われた共同性を保障した文化になるわけです。 会社共同体と消費共同体というものが一体となって、経済成長をなし遂げたということだと思うわけです。
 こういう擬似共同体――会社というのも一種の生産共同体ですが、かつての生産共同体にかわる会社共同体そして消費共同体というものが、55年〜75年ごろ、「本当はおれは仕事なんか嫌だ」「私は家事だけするのは嫌だ、もっと働きたい」という不満を、私有財産をふやせる、もっと豊かになれるということを共通の目標にした消費共同体がうまく機能したことによって、隠すことができたということだと思います。つまり、簡単にいえば努力のかいがあった、我慢をするかいがあったということです。ところが75年、70年代後半から、あらかじめもう豊かになってしまった社会というものがあらわれて、新婚家庭でも家財は一切そろっているといった家族になってきたわけです。家族の共通の目標によってある意味ではごまかしていた家族の問題が抑えきれなくなった。いわゆる家族の崩壊という現象が顕著になってきて、家族の一体感というのは一体どこにあるんだろう、こんなことを感じる社会になってきた。
 うまくごまかせる時代が終わってもう25年たってしまった。「脱家族の時代」が55年〜75年にかけてふえ、75年以降、それが家族の普通の形、最も標準的な家族の形になったわけですが、75年以降に生まれた人たちは、家族というのは崩壊するんだというのが当たり前になってしまった時代に育った。そういう人がもう25歳になっているということで、そうなるとそういう若い世代にはやはり我々より上の世代とは全く異なる価値観、家族像というものがあるだろうと思うわけです。
 
実はこの55年以降に生まれた人たちの中からは、家族をつくること、子供をつくること、結婚をすることを、必ずしも当たり前だとは思わない世代が出てきたわけです。ちょうど60年代――62〜63年に生まれた「新人類」と呼ばれる世代が20代になってもなかなか結婚しなかった。30歳になっても子供をつくらなかったということで、今の「少子化」が起きてきています。
 何か意図的にプログラムを組んでいかないとなかなか自然には家族でいられないという意味で、非常に難しい時代ではないかと思うわけです。

「携帯空間あるいは「いえ・こ・まち」

「いえ・こ・まち」というのは、家の時代、個人の時代、街の時代ということでして、昔は家を単位として消費をする。つまり家が豊かになる、核家族の中にモノがふえるということが消費のテーマだった。75年以降は、家電は全部そろってしまったので個電の時代になったわけです。一家に1台から、1人1台に変わっていく。あるいは個室の中にいろんなものをそろえていくという時代になった。
 さらに、今は携帯電話です。今は電話を持って街に出られる街の時代ということです。ですからMDにしても、パソコンにしても、いろんなものが今は持ったまま街に出られる時代である。ついでに食べるのも、街で歩きながら食べているという時代になったわけで、やはり分裂した家族の中で育った世代が若者になると、家から個人どころか、その個人のまま街に出ていく。ますます家の求心力はどこに行ってしまったのかと思わせるような時代になってきたというのが「いえ・こ・まち」という言葉の意味であり、若者は個人としての空間を常にどこにいても携帯して歩いている。自分の部屋にいるときは「私」の空間で、外に出たら「公」の空間だという気持ちではなくて、常に自分の空間を駅でも電車でも街の中でも持ち歩いている。したがって彼ら今の若者の中には、つまり「私と公」という対立はなくて、「私」しかない。「公」というパブリックという概念がないということです。「私」の気持ちいい空間はいつでもどこでも持ち歩きたいという世代が出てきたのです。

 以上が、戦後の家族の大きな流れです。今、非常に個人化した、個人主義化した、あるいは私人間化した人たちがふえてきて、そういう世代もまたこれから結婚し、家を買うということになっていくわけで、特に世間一般でいう「団塊ジュニア世代」、いま30歳から27、28歳の人たちがどんな住み方をするか、どんな家に住むか、どんな家族をつくるのかということが非常に関心を持たれているわけです。
 ある程度結論を先取りしていえば、今のこの団塊ジュニア世代以降の多くの人は郊外で育っている。最初から自分の家、自分の部屋があって、郊外に住んでいるわけですから、常識的にそれ以上、郊外に住むということはあまり考えない。人口ももう減っていきますし、どうしても郊外じゃないと家を買えないという流出圧力はない。恐らくごく普通の建て売り分譲は、郊外では売れないでしょう。1戸建てなら自分が注文していく、あるいは注文しない場合は、「郊外も選別の時代〜淘汰の時代」になっていくでしょう。
 ですから単なるモノとしてのHOUSEというよりも、地域とか環境とかコミュニティを選ぶ時代になってくるのではないかと考えられる。そういう中で、ではどうしたら選ばれる地域、環境、コミュニティがつくられていくのだろうか。
 今の若い世代を中心に見ますと、むしろモノではない消費、あるいはモノよりも人間関係を深めたいとか、単にでき合いのものを買うよりも、改造したい、自分なりの個性をつけ加えたい、付加価値は自分たちで加えるといったような価値観が出てきているように思います。こういう新しい消費傾向が突き詰められていくと、今までの消費社会とは違う共費社会というようなものが生まれてくるのではないか。
 共費社会というのは、次の社会をイメージさせる言葉ではないかと考えています。
 少子高齢化とか、環境問題・IT・NPO・都市再生・中心市街地といった今あるテーマを解決しながら、しかも今この都市再生とか中心市街地で利権を得ているインフラ型の産業も、また次なる市場を見つけられるし、ITのような時代の産業ももちろん拡大できるし、またNPOのような経済・産業とは別の市民の動きもすくい取れるし、そして少子高齢・環境といった問題にも対応する。それが共費社会のイメージであります。
 これまでの私を拡大していくマス市場ではない、「ニューコミュニティシステム市場」というのはあまりいい名前ではありませんが、そういう新しい市場ができていくのではないか、あるいはつくっていかなくてはいけないのではないかというのが、この共費社会に込めた意味でして、その3大原理が「共同利用」「最適化支援」「自己関与」という言葉です。

「共費」の説明をわかりやすく語って、ホワイトボード゙で図解している模様です。


「3大原理−1.共同利用」

今まで高度成長以前は共同利用していたものを私物にすることに喜びがあった。しかし、それが当たり前になってしまうと、むしろ共同性というものに新しい魅力が感じられ始めているのではないかということです。全部ひとりでできてしまう社会なんだけれども、そうなったがゆえに、逆に人とのコミュニケーションとかコラボレーションとか、共感を得るとか、そういうことに新鮮な感動を感じ始めているのが特に若い世代の傾向だと思うし、別にひとりで全部持たなくても、共有できるものがあったら、(共有)すればいいじゃないか。環境にもそのほうがいいし……。そういう価値観が出てきているような気がします。

「3大原理−2 最適化支援」

昔はとにかく何も持っていなかったですから、持つだけでうれしいという時代だったわけです。だれでも持てるようになってくると、個性が欲しいと。人とは違う、差別化が欲しいという時代が80年代、90年代だと思います。今はさらに進んで、人と差をつけるのもいいんだけれども、やはり問題は自分にピッタリかどうかだ。最適化ということを非常に求めているのではないかと思います。
 家もそうです。完全に注文住宅は無理だけどいろいろ選べるとか、ある部分はカスタマイズしていけるとか、最適なもの、自分にとって最適にしたいという願望を支援していく、そういうビジネスが重要になっていくのではないかと思います。
 実際に見聞きできる範囲ではなかなかいいものが見つからないので、最適化の情報を得たいというのを支援する情報をメディアとか機関というものが求められている。ではそれは全部インターネットでできるかというと、そんなことはないわけで、いわば主治医、あるいは顧問弁護士とか顧問税理士のように、やはり「ヒューマンファクター」で日々つき合うということの必要が出てくるのではないかと思うわけです。
「アフターサービスからビフォーサービスへ」
アフターサービス(After Service)というよりも、今はそうではなくて、むしろビフォーサービス(Before Service)の時代。あなたは今こういう生活をしているけれども、こういうものがいるんじゃないですか、こういうものがあったほうが健康にいいですよ……。そういう主治医を持つということが大切な時代です。

「3大原理−3 自己関与」

消費者が何を求めているかは消費者が一番知っている。消費者が自分で加えられる。つまり付加価値は企業がつけるのではなくて、自分がつけていく。もちろん自分だけではわからないから、企業がその付加価値をつけるところに協力すればいいということです。一番典型的な例が「スケルトンインフィル」住宅になるわけです。これは住宅産業としていろんなチャンスがあるし、応用のきく考え方だと思います。中古住宅の「リノベーション」もそうですし、「コーポラティブハウス」もそうです。やはり自分の手を加えてつくっていく。つくっていくプロセスが自分でわかって、これは一体幾らなのか。なんだ、こんな安くいいものが手に入るのか。こんな下らないものがこんな値段がするのか、というのが全部わかってつくるというのが、このスケルトンインフィルやコーポラティブハウスになるわけで、これはやはりふえていく。
 さらに言えば、家だけではなくて、その周辺の環境も含めたまちづくりとかタウンミーティングとかはアメリカから入ってきた手法ですけれども、非常におもしろいものなのでやはりふえていくだろうし、地域と学校というのは切っても切り離せませんが、「コミュニティスクール」とか「フリースクール」とか、従来の文部省の官製の教育ではない、自分たち市民がつくる学校というものも、いま教育問題が非常に大変になってきているなかで注目されているわけです。
 ほかにもいろんなところで自己関与ビジネスとか、自己関与による最適化ビジネスというものがどんどんふえていかなくてはいけないのではないかということです。ですからモノをぽんと出して売る時代から、モノの満足度を上げるシステムというかサービスというか、消費者の満足度を上げる支援をするサービスをまずすることによってお金を取る。結果として、より高いものが売れるとか、あるいはサービス自体で収益が上がる。そういうモデルが考えられていくべきではないかという気がいたします。


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