みなさま、こんにちは。
建築技術部のニューフェイス、加藤佑規くんに(みなさまにこのブログでご紹介させていただく前提で)インタビューしました。
東日本大震災の被災地、福島県浜通り地方の出身。幼かったころの記憶なども含め、お話を聞いてみました。
前編・後編にわかれています。
まずは前編より、お付き合いの程、どうぞよろしくお願いいたします。
(総務部 太田)

入社のきっかけ

太田:1997年生まれで、今、24歳。私とは36歳違いです!
私は若い人から、私の知らない世界を教えていただくことが大好きなので、どうぞよろしくお願します!
加藤:こちらこそ、どうぞよろしくお願いします!
太田:早速ですが、加藤くんは福島県浜通りのご出身なのですね。まだ子どもだったと思いますが、もしよかったら、あの時のことなど、後程聞かせてください。
さてその前に、まずはリブランに入社したきっかけを教えていただけますか。
加藤:はい、当時のことはお話できますので、お願いします。
入社のきっかけですが、まず、就職活動は、大学院2年の7月から開始しました。卒業後に就職活動をしようと考えていましたが、同期が内定をもらっていることに焦りを感じて、自分も始めました。

リブランとの出会いは、オファー型就職サイトでオファーをいただいたことです。
実は、不動産会社にはそれほど興味がなかったので辞退しようと考えていましたが、会社説明会で事業内容や社風を知るにつれ、魅力的に感じました。特に、社員同士のつながりが深い会社だと感じたことから、興味がわきました。社内制度の「知の貯金箱」も非常に魅力的に感じました。
太田:本に興味があったということですね。
加藤:建築関係の本にも高いものもありますし、読みたいと思っても、私のような学生ですとなかなか買えません。社会人になったとしても、すぐには経済的な余裕はないと思うので、なかなか簡単には買えないのではないかと思います。
太田:そうですね。学びたい時に余裕がないと言うのが現実ですよね。知の貯金箱という社内制度は、いくつかの価値がありますが、まさにそのあたりを助けてくれることが一つ目の価値ですね。就活中の学生さんが、興味をもっていただけたということは嬉しいです。
加藤:はい、そういった制度のある会社はないと思うので、興味がわきました。そして、役員面接、社長面接を受け、最終的に内定をいただきましたが、選考中に社員のみなさんのFacebookを拝見して、仕事以外でのつながりがある環境が羨ましく感じていました。
今は、コロナで制限されていますが、飲み会や、いずれまた会社全体でのイベントができるようになることを楽しみにしています。

太田:そうですね、今まで当たり前のように行っていたイベントですが、コロナ禍で思うようにできなくなり、社内でもどうやったらいいかと様々な考えが交錯していました。ただ、そういった環境になり、世界中がコロナ禍で否応なく変化を求められたわけですが、前向きに試行錯誤することは大切な過程だったかもしれません。アフターコロナでの活躍を期待しています。飲みにも行きましょうね。良い仲間を作って、楽しんでください。

学生時代の取り組み

 

太田:加藤くんは、大学院生だったのですね。
加藤:はい、そうです。神奈川大学工学研究科建築学専攻を修了しています。
太田:学生時代は、どんなことをされてきましたか。
加藤:高校から建築一筋なのですが、研究室活動では、古民家改修や醸造所の設計施工、地域おこしのためのワークショップなどを行ってきました。多くの職人さんや地域の方々と関わり、建築で誰かの生活を豊かにしたいと思ったんです。

研究室活動(醸造場竣工時/左下が本人)


卒業設計では、島嶼部の災害復興計画、修士論文では、地元福島の震災復興計画を行いました。社会問題を建築で解決する試みはリブランと通ずるものがあると思います。

修士論文 制作模型


太田:ありがとうございます。そうですね、リブランの思想に通ずるところは、大いに感じますね。とても頼もしいです。
加藤:それと、ガソリンスタンドで5年半ほど、アルバイト経験があります。
太田:ベテランですね。私もいろいろと経験しましたが、ガソリンスタンドは経験がないです。満タン入りました!とか、大きな声を出すイメージがあります。
加藤:はい、言います(笑)。
太田:あれが苦手(笑)。
加藤:(笑)そうなんですね。
太田:大きい声で何かを言える人って、うらやましい。大きな掛け声とか、ヤジとか(笑)、苦手です。学生との両立は、大変だったと思いますが、5年半続けたというのは立派ですね。すばらしいです。
加藤:ありがとうございます。学生はアルバイトしながらがんばっている人が多いですよね。
太田:そうですね。授業料とか、もっと安くなりませんかね。
加藤:(笑)理系は特に高いですね。

大学2年 スノボ旅行

建築技術部に配属

太田:入社されてから、総務部での研修期間を終えて、いよいよ建築技術部に配属されました。1ヶ月ほど経ちましたが、いかがでしょうか。部での様子をお聞かせください。
加藤:建築技術部では、物件の品質管理やアフター対応などをおこなっています。
また、ミュージションの新築現場に行くため、マンションが0から作り上がる過程を見ることができます。設計をする上で、現場を知ることが大切だと思っています。着実に現場での知識と理解を深めていきたいです。
太田:建築一筋の加藤くんらしいですね。そのほかはいかがですか。
加藤:事業企画部との合同会議、ミュージション事業部への補助、住宅事業部のリノベ物件の協力など、部内にとどまらない業務も建築技術部は担っていますが、他部署との関係性を築ける点も魅力的に感じています。

太田:部内の先輩たちの印象などはいかがですか。
加藤:建築技術部の人たちは、家族のように感じます。父親の堀内さん、母親の太田久美子さん、歳の離れた兄、高野さん、2個上の兄、山崎先輩。だからこそ仕事もプライベートも信頼することができます。
太田:家族に感じるとは、嬉しいです。そうですね、ちょうど家族のようなメンバー構成ですね(笑)。頼りになる先輩たちですが、きっと先輩たちも、いずれ加藤くんが頼りになる先輩になってくれると信じて、期待していると思います。まずは教えてもらうことが多いと思いますが、わからないことは遠慮なく聞いて、気づいたことはどんどん相談してみてください。家族ですからね。
加藤:いろいろと僕のことを考えてくださっていると思っています。ありがたいです。
太田:私も親戚のおじさんくらいに思っていただき、どうしても家族に相談できないことが起こったら、ぜひ相談してください(笑)。
加藤:わかりました。ありがとうございます(笑)。

休日の過ごし方

太田:では、ちょっと仕事の話から離れましょう。お住まいは近くなんですってね。自転車で通えるとか。
加藤:はい、そうです。板橋区民3ヶ月目に入りました。
太田:入社してまもなくは、環境が変わって、疲れもあったでしょう。お休みの日は、どういった過ごし方をしていますか。趣味とか。
加藤:趣味…なんでしょう…。天気がいい日は、都内の展示会や建築を見に出かけたりします。趣味と言える趣味がないため、これから趣味と言えるものを見つけていきたいと思います。あと、最近は、資格の勉強を始めました。
太田:本当に建築が好きなんですね。好きなことが仕事にできるって、良いですね。そういった公私混同は、大いに賛成です。

 

今年のGWは金沢旅行

金沢21世紀美術館

大切に思うこと、どんな社会人になりたいか

太田:入社されて約2か月。社会人となって、今、仕事のことやそのほかのことでも、大切に思うことはありますか。
加藤:品質を守ることは大切なことと思います。住宅としての性能はもちろん、防音性能に関しては、一切の妥協は許されないと思います。それがリブランの企業目的やブランドを守ることになると思っています。
あとは、決して背伸びをしないこと。わからないことはわからない、わかることは自信過剰にならない。「徳を積む」には、ありのままでいることが大切かと思っています。
太田:大切にしなければならないことの基本とも言えるようなとてもすばらしいことを言っていただいたと思います。感謝や謙虚さ、常にそういった気持ちがあれば、きっと仲間からも愛されると思いますし、信頼も得られると思います。思い切ってどんどん挑戦してください。
加藤:自分の夢や仕事を正々堂々と語れる人間になりたいです。
太田:「夢」。私は、人の夢にとても興味がわきます。人の夢を聞くことが大好きなんです。
いつか加藤くんの夢についても、聞かせてください。
加藤:わかりました。
太田:夢ではないかもしれませんが、リブランで何かやりたいと思っていることはありますか。
加藤:はい。将来リブランで成し遂げたいと思っていることがあります。
太田:お、それは何でしょう。
加藤:地元福島での復興事業です。機会があれば、社員の方と福島の視察に行く企画をできれば良いと思っています。
太田:その日が来ることを楽しみにしています。ぜひ私も参加させてください。

 

地元福島への想い

太田:3.11 あの日のことをお話しいただけますか。
加藤:はい。14時46分。ちょうど部活中でした。
太田:学校だったのですね。加藤くんは何部だったの?
加藤:バスケ部でした。あの日、午前中は卒業式で、1、2年生は、午後から部活だったんです。僕は中1でしたが、在校生のほとんどが学校にいたと思います。
太田:そして地震が。
加藤:はい。僕は親が迎えに来るまで2時間ほど校庭で待機しました。
太田:学校の状況は?海に近い?
加藤:海から3kmほど離れている高台にある学校だったので、津波の影響はありませんでした。
太田:そうだったのですね。家は?
加藤:家も海から離れているので大丈夫でした。断水のみです。
太田:中1だったということですが、学校から家に戻ってからの記憶はどのようなことを覚えていますか。
加藤:帰宅してテレビを見ると、岩手や宮城の津波のニュースがやっていて、福島はそれほど取り上げられていなかったと思います。
太田:福島県の浜通り。加藤くんが住んでいた町は、どこですか。
加藤:双葉町です。
太田:………。もしよかったら、当日の様子をもう少し聞かせていただけますか。
加藤:はい、もちろんです。当日は、余震が続きました。寝ていても、余震のたびに目が覚めて起きていました。そして翌朝、防災無線が鳴って「原発から10km圏内の住民は、避難してください」という指示が出ました。寝起きで、すぐには状況が把握できませんでした。自宅が国道沿いにあったのですが、外を見ると家の前をみんなが西へ向かって避難していくのが見えて、車が渋滞していました。
太田:………。聞き入ってしまいますね。手に汗が…。
加藤:(笑)大丈夫ですよ。
太田:ありがとうございます。そして、加藤くんたちもご家族と避難されたのですね。
加藤:とりあえずのおにぎりと漬物を持って逃げました。
太田:その時のご家族は?
加藤:祖父、祖母、父、母、姉、弟、僕の7人です。
太田:どのように避難されたのですか。
加藤:車2台で、避難所へ向かいました。父以外の6人で1台に乗り、もう1台を父が運転していきました。

後編へ続く

2011.3.11 14:46 東日本大震災発生。未曾有の津波は多くの尊い命を一瞬で飲み込んでいきました。年月が経つにつれ、人々の記憶は少しずつ薄れていくものですが、あの日のことは、決して忘れてはいけないと思っています。新入社員の加藤くんは、福島県浜通り地方の双葉町出身。当時、中学1年生でした。

前編では、大地震が発生し、翌朝の福島第一原発事故発生により、急遽、家族全員で避難することになったところまでのインタビュー内容をお伝えいたしました。その後、今日に至るまで、生まれ故郷福島に帰れない日々を過ごすことになります。
福島への想いは、後編へ続きます。
https://www.livlan.com/blog/2022/05/29/5082/
拙い文章ですが、ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
もしよろしければ、後編についても、どうぞよろしくお願いいたします。
(総務部 太田)